介護保険 その後

介護保険、始まりは2000年のことだった。あれから時が経ち、「訪問介護事業所が危機的に減ってきている」とニュースで報じている。人手不足だそうで。そりゃぁ、そうだろうと、心中納得。               介護事業のその後の実態を横目に見ながら、興ざめすることしきり。介護度の認定がかなり厳しくなってきている。サービス時間の極端な短縮。30分弱~1時間弱が基本となっており Σ(□・;)・・・。 ヘルパーさん、やりたくても仕事にならないです、こんなんじゃ。移動時間の無駄が多く稼ぎにならない。それでもって、介護保険料は初期のころに比べて2倍以上の6,000円余り…。どうなってんの?

始まりの頃はね、家にヘルパーさんが来るのを知られたくない人が多かったんです。「介護を必要としている」家の内部事情を他人に知られたくなかったんでしょうね。そんな時代でした。       「社会的介護」という言葉がとても新鮮だった。その頃、事業所の運営に関わっていたのですが、当時はとても活気があった。サービス時間も長く、報酬も悪くなかったので慣れたヘルパーさんはその仕事だけで生活できるほどでした。                                  新しい仕事で、それなりにやりがいと学びを得て、ヘルパーさんを始め皆意欲満々。厚労省も介護の社会性を意識して、ヘルパーは介護福祉士の資格取得を要するとまで言い出した。始まったばかりで、資金的にも余裕があり、あのころ、事業関係者はひたすらな上昇志向で活気に満ちていたものです。

それが・・・何としたことか…。                               労働条件の悪化。介護施設をも含めてあちこちでヘルパー離れ。人員が足りずにオープンできない介護施設もあるらしく。「社会的介護」が危うくなってきています。                 なのに介護保険料は遠からず9,000円位になりそうだと。利用者が増えるにしても、大幅にサービス減らして何にそんなにかかるのか、不思議です。                                      これって、国が社会保障費で調整すべきことですよね。あれだけ消費税払わされているんですから。 もっと早い段階で国費を投じるべきでした。国民の命と生活を守ることが政治の要です。

ヘルパー不足は、実のところ、少子化の結果でもあります。若い人手が足りない。海外から呼び寄せなければならない。ずいぶん前から国はこの取り組みをしているようですが、どれほどの成果を上げているのか、この騒ぎでは不明です。海外から人を呼ぶにしても、一層労働条件に気を配らなくてはなりません。                                           さてさて、これからどうなるのでしょう。国は介護保険制度をどのように維持してゆくのでしょうか。不安と失望に希望のエッセンスを混ぜながら拝見することと致しましょう。

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