「特殊詐欺の容疑で息子さん逮捕」の報を受けた母の驚きと戸惑いを記した記事を目にした。 「普通の幸せ家庭」の問題という観点で扱われている。息子は自宅通学の大学生。本人はアルバイトをしているけれど、少額ながらお小遣いを与え、必要な教材費も親が払っている。幼いころから物ねだりをしたことはないが、何か欲しがれば買い与えてきた。母の誕生日には手紙を添えたプレゼントを贈ってくれる息子。おとなしく、思い切った行動をとるタイプではない。母は困惑の極致。 ①「大学の友人から持ち掛けられた」、②「袋入りの100万円を受け取って、30万円の報酬」、③「遊行費は親に頼らず自分で賄いたかった」。これが経緯として挙げられている。 ここで、一番気になる点は①。どんな”友人”なのか。日常的にどのような付き合い方をしている知り合いなのか。”脅し”はなかったか。(脅されていた場合、被害者は口にしたがりません)まず、ここを解明することが重要と思われます。この点をないがしろにして、「普通の幸せ家庭」の崩壊に嘆き悲しみ、「母親になる資格なんてなかった」と息子に言ったりすれば、息子は行き場を失います。自己否定の闇を抱えたまま人生を送ることになるでしょう。ここは、子の親として最も重要な場面です。 親は自分も息子も否定してはならない。家族全員の害になるだけで益には成らず。風評など問題外。 良くも悪くも、「おとなしく、思い切った行動をとるタイプではない」息子は、おそらく標的にされやすい傾向にあるのでしょう。宗教の勧誘、物品購入契約、関係性の契約などさまざまに対象者として狙われ易いのかもしれません。 では、どうする? また、そうでなかったら? 「日頃の道徳教育」に尽きると言っても過言ではないでしょう。行動の折に触れて道徳観念を植え付ける。食卓を囲みながら経験談を聞かせて実社会を教える。子どもたちは日常の場で生きる知恵を学んで行きます。実社会の様相をメディア任せにしたり、学校に期待するより、こうして我が子を育てる基本は今も昔も同じ。 決して責めてはいけない。気持ちを聴いて、曲がろうとしたときの考えを、やさしくかつ毅然として良い方向へ導いてやる。ここでの親の態度は今後の息子の人生に大きく影響を及ぼします。 息子にとって家族は大地に根を張った大樹であることが望まれます。